地方都市の夕景

音楽と写真

ザラザラした粒子の質感に惹かれるのは何故なのだろう。

まぁよく見たら分かってしまうと思うけれど、片方は僕のカメラで撮ったのをフィルム風に仕上げた写真、もう片方は妻のフィルムカメラで撮った写真。
デジタルの方、最初はいつもどおりに(デジタル)現像したのだけれど、フィルムで撮ったやつの方が、ピントが合ってないにもかかわらず、何だか良いな、と思いフィルム感を意識した現像をしてみた、という話。

Lightroomを導入した直後からフィルム風の現像ばかりしていて、むしろバキバキ系、お肌ツルツル系の現像って未だにやり方が分からないくらいなのだけれど、やはり僕はフィルム風のというか、フィルムっぽい質感の写真が好きなのだなと思った。ここ最近は、デジタル写真に敢えて粒子感を加えるということに疑問を持ち始めて、粒子感を足さない現像というのを暫くやっていた。デジタルらしいクリアな画というのも、それはそれでアリだ。けれど、やっぱり何か足りないような、なにか違うような気がしていた。いや、実際のところ、足りないのではなく、写り過ぎるのだ。デジタルカメラは鮮明に写り過ぎる。人の肌なんかは写り過ぎないほうがレタッチが楽だというのもある。ザラザラしている方が何となく雰囲気がある、という曖昧な理由も大きい。昨今のフィルムブームに乗っかって。

んー、やはりザラザラしている方が好きだ。粒子のザラザラ感に惹かれるのはなぜなのだろう。暗所で撮ったときにシャドウがぶっ潰れていく感じも好きだ。どこか懐かしくて、どこかノスタルジックで、どこか淋しげで。どこか儚い記憶のようで。
と、ポエムを書いてみたところで、どうせ僕のことだから、また気が変わって半年後くらいには「粒子感はない方が良い」、などと言い出しそうだけれど、粒子感を足したり引いたりしながら、自分の写真を追い求めて行きたい。

そういえば、フィルムかデジタルか、というのは完全に結論が出ていて、僕はデジタル派。ゆくゆくはデジタル1台でやっていくつもり。愛機SONY α7S。汎ゆる面でデジタルの方が優っているというのは分かった上で、でも冷蔵庫にまだフィルムが残っているから、たまに使っているというだけ。フィルムが無くなったら、フィルムカメラもレンズも売ってしまうつもりでいる。でも、ザラザラした質感の写真が好きなことには変わりはないから、今後も現像ではフィルムで撮ったような雰囲気に仕上げていくのだろう。いや、先のことは分からないけれど。当面は。


しかし、ザラザラした粒子の質感に惹かれるのは何故なのだろう。