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地方都市の夕景

音楽と写真

studio


昨日はLILIOのスタジオだった。ライブは近い。緊張感を持って。個人的には、大分自分のプレイができるようになってきたとは思うが、まだまだである。練習あるのみ。


ギターボーカルが本職だと自分では思っているのだけれど、ギターボーカルとしてもまだまだだし、ボーカリストとしても、ギタリストとしてもまだまだである。勿論、一生完成することなんてないのだろうけれど、特にギタリストとして、LILIOのスタジオの度に本当に未熟だなと毎回痛感させられる。ライブが始まれば、余計にそうだろうと思う。最初に誘われた時点から不安だったし、初めてスタジオに入る時もクビにならないかと不安で仕方なかった。


ギターボーカルをやっている人間には2種類いて、元々ボーカリストだった人がギターも弾く、というタイプと、元々ギタリストだった人が歌も歌う、というタイプと、がある。と勝手に思っている。
前者の例ってよく分からないけれど、後者の例としては、知っている限りではACIDMAN大木伸夫とか、Syrup16g五十嵐隆とか。志村亡き後のフジファブリック山内総一郎なんかもそうだ。

僕は紛れもなく後者なのだけれど、ギターの音色とかエフェクターとかに拘る以上に、ボーカルに拘りを持たなければならないのだとも思う。自分の身体が楽器だから、なかなか難しい。ギターみたいに、エフェクターでどうにかできるものでもないし、ギターのピックアップを取り替えるみたいに声帯を取り替えることなんかできないし。

というか、そもそも身体は一つだから、ギターを持ち替えるように音色を切り替えることなんかできなくて、僕は僕の声しか出せないという。勿論、色んな声色を使い分けるとしても、やはりそれは僕の声でしかない。

自分の声が好きなボーカリストはいないとよく言われるけれど、流石にもう自分の声を聴くのには慣れているので、自分の声気持ち悪いな〜とか凹むことなんてなくて、音程とか抑揚とか響きとか、そういう部分に対する不満とか反省点についてしか考えなくなってきている。

誰もが、持っている武器で戦うしかないということ。